【日本遺産・北海道小樽市】市民の思いがいまに息づく…異国情緒があふれる景色と一時は役割を終えた運河をめぐるストーリーとは?かつて「北海道の心臓」と呼ばれ栄えたマチでグルメや絶景を満喫
「1億円があったら現実的に考えて、5000万円を貯金、5000万円を使う。車を買ってヨーロッパ周遊の旅行に行きます」(糸口アナウンサー)
「僕はまず、住宅ローンを全部返済しようかなと」(三浦さん)
「お米の袋、3つ4つくらい持ったらこの重さになるのかなっていう」(糸口アナウンサー)
次に訪れたのは運河沿いに立ち並ぶ旧小樽倉庫群。
栄華と衰退の歴史を感じられる場所です。
「まるで日本じゃないかのような異国情緒が溢れるような景色ですよね」(糸口アナウンサー)
「ただこういった倉庫群とか小樽運河も時代の移り変わりで使われなくなってしまって。運河も埋め立てて道路にする計画であるとか。実際に周辺にあった石造の倉庫群も取り壊しが進んでいったんです」(三浦さん)
戦後、エネルギー転換による石炭から石油への移行で、小樽運河はその役割を終えました。
埋め立て計画も持ちあがる中、街並みを保存しようと市民らが立ち上がり一部保存されて現在の姿となりました。
その保存活動のひとつが「ポートフェスティバル・イン・オタル」と呼ばれる音楽祭です。
異国情緒あふれる街並みに魅力を感じた小樽の若者たちが企画しました。
手作りの音楽祭にもかかわらず来場者は2日間で10万人にも上ったのです。
「小樽のポートフェスティバルで作っていた「100人パエリア」がとても人気があって評判をいただきました」(瀧波さん)
当時、人気を集めたのが巨大な鍋で100人前を一気に炊き上げる「100人パエリア」です。