多彩な飲食ブランドで「食」の時間に新しい驚きと感動を 「WONDER CREW」渡邊智紀さん
どん底から学んだ「教えを請う」経営
――札幌に戻り、起業された際の最初の一歩はどのようなものでしたか。
「働きながら物件を探し、そこで出会った料理人と独立することになりました。実績がない私には不動産屋も良い物件を紹介してくれませんでした。そこで、自分で名刺を作り、そこに『この月に一店舗目、翌年に二店舗目、三店舗目』という詳細な出店計画を書きました。手書きで『感謝』という思いも添えて配り歩きました。この行動を見て『こいつは本物だ』と思ってくれた方から物件を紹介していただきました」
――一店舗目の業態はどのようなものですか。
「野菜バル『Veggyの家』です。もともとはハンバーガー屋を予定していましたが、恩師からバルを勧められました。当時のバルという業態はまだ馴染みがありませんでしたが、調査して可能性を感じました。ただ、普通のバルでは勝てないと考え、野菜嫌いの知人が調理法次第でおいしく食べられた経験から、『野菜バル』という業態にしました」
――事業は順調に拡大しましたか。
「順調にいった時期もありましたが、自分に天狗になっていた時期があり、売上が下がることもありました。それまでは一人で何でもできると考え、営業の相談なども断っていました。しかし、考えを180度変えて、『どうしたらいいですか』と取引先の方々に教えを請うようにしました。すると親身に教えてくださり、それを実行すると売上が回復し、良い循環が生まれました」
――フラッグシップとなる「エゾバルバンバン」はどのように生まれたのですか。
「麻生で出した『アザバルバンバン』がヒットし、半年後に大通りの物件が空きました。規模が大きかったので、展開できる名前にしようと考えました。北海道食材を使うイタリアンなので『エゾ』を冠し、『バンバン』という言葉には豪快に、楽しく元気になる店にしたいという思いを込めました」
苦難の中で固まった組織の絆
――コロナ禍は飲食業界にとって大きな試練でした。
「丸3年間、本当によく耐えたと思います。出店しては自粛という状況が七回くらい繰り返されました。しかし、私はこの時期にも新規事業に挑戦しました。サンドイッチ専門店などを展開しましたが、結果的には一瞬で撤退しました。居酒屋と合わせて、コロナ禍では計9店舗を閉店するという戦略的撤退を経験しました。失敗の方が多かったかもしれません」
――苦境の中で得た気づきは何ですか。
「強い組織とは、経営者が苦しい時に一緒に乗り越えてくれる人をどれだけ集められるかだと思います。休業要請を繰り返す中で、強い絆ができました。離れていった方も当然いましたが、今残っている社員には感謝しかありません。しっかり利益を出して還元していきたいという思いが強くなりました」
――生活様式の変化に伴い、客足の傾向は変わりましたか。
「二次会需要の減少や、深夜帯の客足の鈍化はあります。一方で、昼飲みの需要は増えています。既存店でも昼飲みを導入するなど、変化に対応しています」

















