多彩な飲食ブランドで「食」の時間に新しい驚きと感動を 「WONDER CREW」渡邊智紀さん
「WONDER CREW」は、2010年に札幌で創業し、現在は「エゾバルバンバン」や「うおっと」など、11業種28店舗を展開する飲食企業です。お客様、社員、その家族、取引先、地域住民を幸せにするというミッションを掲げ、北海道の食を牽引しています。今回は代表取締役の渡邊智紀さんに、商売の原点からコロナ禍の苦難、そして北海道から世界を見据えた今後の展望について聞きました。
商売人のDNAと独立への目覚め
――子供時代はどのような環境で育ちましたか。
「親が札幌の北18条でお好み焼き屋を営んでおり、手伝うのが当たり前の生活でした。小学校4年生の時、親が少し店を空けた際に不意にお客様が来店されました。対応を一人で行い、自然と『いらっしゃいませ』という言葉が出たのですが、その時の記憶は今でも鮮明です。自分も店の一員になれたような気がしましたし、毎日帰宅するたびに『今日の売り上げはいくらだった』と親に聞くような子供でした」
――大学時代のアルバイトが人生のターニングポイントになったそうですね。
「160席以上の大きな居酒屋で入り口担当をしていました。お客様をご案内する作業を繰り返すうちに、だんだんと気持ちが入らなくなり、ロボットのように『いらっしゃいませ』と言うようになっていました。ある時、小学校時代に店を手伝った時の記憶を思い出し、今の自分はやらされているだけだと気づきました。自分で店を持ったら、お客様に感謝する本当の『いらっしゃいませ』が言えるのではないか。それが独立を意識したきっかけでした」
――大学卒業後はどのようなキャリアを歩みましたか。
「将来的に大きな会社を作りたいと考え、まずは大企業の組織を学ぶ必要があると思いました。洋服の青山に就職し、神奈川県横須賀市へ配属されました。テレビもなく、友達もいないので、仕事が終われば読書をするしかありませんでした。ビジネス書を読み、学んだことを翌日にアウトプットする日々を送りました。そこで勉強することの楽しさを初めて知りました」
――その後の転機について教えてください。
「24歳の時、仕事の帰り道に交通事故に遭いました。頭から落ちて記憶を失い、気づいた時は救急車の中でした。その時、ボロボロと涙が止まらなくなりました。『ここで死ねない。やりたいことをやろう』という思いが強烈に湧き上がったのです。生かされた命だからこそ、社会のため、誰かのために何かをしたいと強く思いました」

















