札幌ドーム社長が描く「北海道を元気にする」未来 「札幌ドーム」阿部晃士さん
札幌ドーム代表取締役社長の阿部晃士さんは、JTBでの約30年のキャリアを捨て、札幌ドームの立て直しに挑んでいます。「この札幌、北海道にいたからこそ、僕が成長できた」という思いが、最終決断の決め手となりました。阿部さんに、札幌ドームの未来と北海道活性化への取り組みについて聞きました。
添乗員のアルバイトから観光の道へ──JTBで30年のキャリア
――ご出身はどちらですか。
「札幌市中央区です。狸小路6丁目で両親が玩具店をやっておりまして、そこの長男として生まれました」
――学生時代はどんなことに打ち込まれましたか。
「高校時代は外交官になりたかったのですが、学力が伴っておりませんでした。大学時代に添乗員のアルバイトをやっておりまして、それが前職のJTBのグループ会社でした。旗を持ちながら九州に行ったり、関西に行ったりというのを大学時代やっていました」
――そこから観光の道に進まれたわけですね。
「1992年に日本交通公社、現JTBに入社しました。4年間は団体旅行で、企業の社員旅行や報奨旅行を担当しました。2006年からJTBは交流文化産業と言い始めました。簡単に言うと、広告代理店みたいな業務です。企画プロデュースをしたり、イベントや学会の運営をしたり、企業の販促の仕事をしていました」
憧れの海外赴任が一転、コロナ禍で地獄に
――コロナの影響はいかがでしたか。
「海外で働きたかったという夢が50歳にして叶いまして、2019年に香港に赴任しました。逃亡犯条例のデモがあり、やっと平和になったなと思ったら、中国で変なウイルスが出たみたいだぞと。1週間後から国境が閉鎖しまして、2020年の2月中旬には入国ができない状態になっていました」
――せっかくの海外赴任が。
「日本から誰一人来ませんから、仕事がないわけです。3万人いた社員を1万人減らさなければいけないということで、10名以上の社員を解雇したというのは一番つらい思い出でした。本当に地獄からどうやって復活するかというのを、社員と一緒に考えました。その時に相当メンタルが強くなったのかなと思いますし、諦めなければなんとかなるなという気持ちが芽生えました」
――北海道に戻られてからは。
「北海道広域代表ということで、北海道全体の責任者として、当時は230名強の部下がいました。日本で一番大きな支店だったと思います」













