【知床遊覧船沈没事故】謝罪口にするも…「出航判断は船長と」ハッチ不具合「知っていたら欠航にした」運航会社社長・桂田精一被告の被告人質問で初めて詳細語る_責任認めない証言に乗客家族は怒りあらわ
4年前、知床半島沖で遊覧船が沈没した事故で業務上過失致死の罪に問われている運航会社社長の裁判で3月2日、被告人質問が行われ、事故の原因となったハッチの不具合については、知らなかったとしました。
「桂田被告が釧路地裁へと入っていきます。3月2日から3日間、被告人質問が行われます。いま報道陣に向けて深く一礼をしました」(福岡百記者)
スーツ姿で釧路地裁に入った知床遊覧船社長の桂田精一被告。
3月2日の裁判では、被告人質問が行われ、弁護側から事故当時の状況などについて質問がありました。
2025年11月から始まった公判で、桂田被告が事故について、詳しく語るのは初めてです。
「取り返しのつかない、あまりに重大な事故を起こしたことを痛感した次第です。どのような言葉も十分ではありませんが、改めてお詫び申し上げます」(桂田精一被告)
質問の冒頭で遺族への謝罪を口にした桂田被告。
当日の出港判断については改めて、事故で死亡した船長と相談していたと証言しました。
「Q:(出港判断について)船長とどんな話をしたか?」(弁護側)
「午前中までに帰ってくるという認識が一致したことを覚えている」(桂田精一被告)
「Q:『条件付き運航』という言葉が会話の中で出たか?」(弁護側)
「正確に出たかどうかは記憶にない」(桂田精一被告)
「Q:午前中に戻ってくるということは条件付き運航ということ?」(弁護側)
「はい」(桂田精一被告)
証言する桂田被告の姿を傍聴席から複雑な思いで見つめていた男性がいました。
「(桂田被告の)何を信じたらいいのか、という気持ちになっています。あすからの質問で少しずつ嘘が暴露されていけばいい」(小柳宝大さんの父親)
「KAZU1」に乗船していた息子の小柳宝大さん。
宝大さんは事故当時34歳で、日本を離れカンボジアで働いており、一時帰国中に知床を訪れ、「KAZU1」に乗船しました。
宝大さんはいまだに行方がわかっておらず、父親はいまも息子の帰りを待っています。





















