【日常から“天気予報”が消えた】戦時下「軍事機密情報といっていいと思う」軍事的情報として隠された気象情報…新聞から天気欄がなくなり暮らしから奪われる〈北海道根室空襲の96歳経験者が語った観測所の記憶〉
軍事的に重要な情報とされた天気予報。
ダメもとで気象担当者にかけあうと。
「(測候所の)職員には会っている。2階に上げてくれた。(会話の詳細は)覚えていない」(近藤さん)
近藤さんは天気の情報が書かれた紙を受け取ったといいます。
当時の気象担当者が、地元の人の生活を気にかけていたのかもしれません。
「天気予報を見聞きできるというのは、平和の一つの象徴だと私は思う」(国田さん)
終戦から6日後、気象報道の制限が解除されました。
その後、約4年にわたり空白だった天気予報は、再び人々のもとに届けられるようになりました。
「当り前じゃない時代があったんだなと思うと、天気を知れるのは便利だし見方が変わってくるなと思います。これから」(北海道民)
天気予報を人々の暮らしから奪った戦争。
当たり前のように天気予報が届く日常に、平和の尊さが感じられます。

















