【東日本大震災から15年】3.11を知らない子どもたちに震災の教訓をどう繋いていく?「祖父と手を握ったまま…」犠牲になった高校生たちの命を守る”伝言”も ※津波映像が含まれています
東日本大震災からまもなく15年です。
震災を知らない北海道の子どもたちに、その記憶や教訓をどう語り継いでいくか。
その思いを強く持つ人が今、子どもたちに伝えたいことを取材しました。
※ 映像の冒頭に当時の津波の映像が流れます。ご注意ください。
2011年3月11日。
激しい地震の揺れの後、岩手や宮城など東北の沿岸を10m以上の津波が襲いました。
死者、行方不明者は2万2000人を超えています。
翌3月12日、北海道から自衛隊・警察官・消防士らが緊急の人命救助支援で、被災地に向かいました。
当時札幌市の消防士だった川内佑紀さんも宮城県に入り、捜索にあたりました。
「がれきの中で『誰かいますか』と声かけをしながら。生存者を発見することはできませんでした」(札幌市の元消防士 川内佑紀さん)
津波が襲来したその瞬間で時が止まった数多くの遺体の脈を取り、毛布をかけた川内さん。
「ギターケースを抱えたまま亡くなっている学生さんがいらっしゃいました。地震がなければ、どんな人生を送っていったんだろうかと」(川内さん)
震災の悲惨さを目の当たりにしてから、札幌市職員として防災政策にも携わり、今は、防災の専門家として自治体を手助けする活動を続けています。
震災から15年、川内さんが、北海道の人に伝えたいことがあります。
「(去年12月の青森県東方沖地震で)家は大丈夫と考えた方はいるのではないか。消防でも助けられない命がある、震災で痛感したので災害が起きた後ではなくて事前の準備が必要と伝えていきたい」(川内さん)
宮城県内で津波で亡くなった小中高生は348人。
一人一人があのとき、どうして命を落としたのか。
震災後、15年かけてまとめられた行動記録を見ると…。
"自宅にいて連れ出そうとしたのか、祖父と手を握ったまま発見された"
"一旦避難したが吹奏楽部でトランペットを取りに自宅に…"
記録をまとめた元教師は。
「こんなに子供たちが亡くなってしまった、命を奪われた。予見力をつけるためには事例を学ばなくてはいけない」(みやぎ教育文化研究センター 高橋達郎さん)




















