【解散総選挙】新党の“中道”ってナニ? ルーツは1960年代から90年代にかけての政治潮流 自民党政権に対抗する“社公民路線”も…「左右」だけで政治を捉えない有権者の理解は得られるのか
「政策で一致できると思うので、一緒になって頑張っていきたい」(立憲民主党北海道総支部連合会 勝部賢志代表)
「政治を変える大きなチャンスが今回やって来た」(公明党北海道本部 佐藤英道代表)
1月20日に行われた立憲民主党北海道総支部連合会と公明党北海道本部の合同会見。
長らく与野党に分かれせめぎ合って来た両党が、突如手を結び発足させた新党「中道改革連合」について有権者からは。
「新しく結成された『なかみち』? その動きがどんな感じなのか分かっていない」(30代女性)
「言葉遊びに近いのかなと思う」(60代男性)
発足の経緯を含めて、わかりにくさも指摘されています。
中道という党名にどのような意味が込められているのでしょうか。
日本政治に詳しい専門家は。
「参政党が躍進をしたり、タカ派的な安全保障政策の高市政権が誕生したり、日本の政治が若干右傾化している傾向が見られる。あまり好戦的な方向に行き過ぎないよう、中道という方向に持っていきたい意図がある」(国学院大學 山本健太郎教授)
中道という政治姿勢が注目を浴びたのは、1960年代から90年代にかけて。
民意の多様化により、保守政党の自民党と革新政党の社会党のどちらにも属さない層を支持母体として公明党や民社党が発足し、自らを中道政党と位置付けました。
その後、自民党政権に対抗するため社会党、公明党、民社党による「社公民路線」が脚光を浴びたこともあります。
こちらは今から36年前、奇しくも今回と同じ2月の投開票となった衆院選の際の映像です。
社公民3党と労働団体が選挙に向けた会合を行っています。
「一緒にタッグを組み自民党の支配に対抗しようという流れが社公民路線。公明党が中道を強く主張するのは、いわば結党の原点に立ち返る作業」(山本教授)





















