【”1万日”無休の食堂】函館「たつみ食堂」の名物店主・山田征勝さん(85)肺がんで死去…地震・停電・コロナ禍も休まず営業_家族は「父にとって食堂は『城』であり『生きがい』でした」 〈北海道〉
「とにかく『たつみ』の名前を売るということでスタートしたんです。(Q:安くてうまくて?)量があると(Q:そして?)休まない」(山田征勝さん 2005年)
たつみ食堂が「無休営業」を始めたのは村山内閣が誕生した1994年でした。
腰を痛めて半年間休業した時、客が離れてしまった苦い経験があり、「もう休まない」と決めました。
「(Q:どんなところがいい?)やっぱり大将。大将の明るいところ」(札幌から来た客)
「カレーおいしいかい?」(山田さん)
「うまい!」(札幌から来た客)
「これうちで一番うまくないやつ」(山田さん)
「爆笑」(札幌から来た客)
2005年、たつみ食堂は無休営業4000日を達成しました。
「常に休みたいですよ。あしたにも休みたいのさ。(Q:なぜ続ける?)やっぱりお客さんだね」(山田征勝さん 2005年)
「休みたい」と本音ものぞかせていましたが、2010年には無休営業6000日を達成し、1杯500円の塩ラーメンを60円で提供しています。
「(Q:たつみ食堂の魅力は?)まず、人情ですね」(客)
東日本大震災や北海道胆振東部地震によるブラックアウト、そしてコロナの感染が拡大したときも山田さんは店を開け続けます。
2021年10月には仕込み中に腰の骨を折り3週間ほど入院してしまいますが、このピンチを救ったのは山田さんの3人の娘さんでした。
「(結婚)式出て、店出て(結婚)式出てみたいな感じできょうだいの(結婚式の日に)やっていた。みなさん、お客さん来てくれるということは父の良さだったりします」(三女 拓美さん 2021年)























