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楽団は休止…でも"大好きなおじさん"の背中を追い「農家のため」前へ進む少年 ~胆振東部地震から3年

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 最大震度7を記録し44人が犠牲になった「北海道胆振東部地震」から9月6日で3年。生活再建に立ちはだかるコロナ禍。復興の光を絶やさないと進み続ける被災者の姿を追いました。

 コロナ禍で時間が止まったような場所。胆振の厚真町で、マチの楽団が練習していた施設です。

 復興の音色は2021年は聞けそうにありません。

 楽団の仲間でもある、大好きなおじさんを亡くした少年。

 高橋 尚揮さん:「演奏披露より、まずみんなと会いたい。そして練習したい。本当に"コロナ"ダメですわ」

大好きなおじさんを亡くした少年

 町民の心に灯りを。おじさんの記憶と歩んだ3年間です。

 厚真町に住む高橋尚揮さん(19)。

厚真町に住む高橋尚揮さん

 高校2年生だった3年前、大好きだった人を地震で失いました。

 厚真町民で作る吹奏楽団で指揮者を務めてきた、親戚の松下一彦さん(当時63)。

吹奏楽団の指揮者を務めた親戚の松下一彦さん

 「かずおじさん」と呼んで慕った、音楽の楽しさを教えてくれた人です。

 しかし、地震で自宅の裏山が崩落。長男とともに命を落としました。

 (2018年のインタビュー)
 高橋 尚揮さん:「中学校に入る前に(おじさんに)『楽しいよ』と言われて、中学校の時に楽団に入った」

大好きなおじさんに誘われ楽団に入団

 尚揮さんの父 清吾さん:「かずおじさんは、こいつ吹奏楽団に入るって言った時に、すごい喜んでくれた。『うちのやつ上手じゃないよ』なんて笑い話をしていたが、『いやいや大したもんだ』とあの調子で、かずおじさんがすごい喜んでくれていた」

 楽団は復活。震災から1年、尚揮さんたちは特別なステージに立ちました。

 おじさんが最後にタクトを振った神社の祭りの舞台です。

地震後に楽団は「復活」

 高橋 尚揮さん:「(おじさんに)届いたかなと思う。『素晴らしいね』と言ってくれているかも」

 音楽でマチを元気にするだけでなく、もう一つ実現したい夢がありました。被災した地元農家の力になることです。

 高橋 尚揮さん:「かずおじさんも農家だったので、農家の役に立ちたい」

 高校卒業後、農業用水路の維持管理を担当する団体で働き、農家を支えています。

 高橋 尚揮さん:「きのう測量し、結果をもとに図面を描いていた。復興や農家の困らないようにしてあげたい」

  • みんテレ