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【コロナと命の選別 感染で隔絶された人々】ひっ迫… "踏みとどまった介護士"「家帰れず毎日夜勤」

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 新型コロナウイルスの第2波に見舞われた北海道で、最大のクラスター(集団感染)となった札幌の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」。90人以上が感染し、入所者11人が施設内で死亡しました。施設内で何があったのかを3回にわたり描きます。

 3回目はひっ迫した現場に踏みとどまった人々の証言。介護崩壊がなぜ起きたのかを探りました。


 集団感染が発生する以前、茨戸アカシアハイツには医師1人、看護師14人、介護士31人など、約70人の職員が働いていました。しかし感染者や濃厚接触者が相次いで離脱した上、休職したり辞めたりする人も増え、現在残っている職員は約15人。多くの感染者を抱え、施設内は逼迫したのです。
 
 札幌市医師会は、集団感染が発生した4日後の5月2日から診察支援を開始しました。

 支援に入った大友 宣 医師:「医師は5月2日から1人ずつ入っている。看護師が日勤帯に1人、夜勤帯に1人の態勢が続く。看護師の補充も見通しが立たない状態。すべてを把握できない。点滴が必要な人だったり酸素が必要な人をピックアップして、その方をケアしたり、医師に言って診察したり…」

 5月8日からは、災害時などに派遣されるDMATの医師と看護師による支援が始まりました。また、16日には現地対策本部が設置されるなど医療態勢は改善が進んだといいますが、介護は人手不足が続きました。

 職員:「通常も2人なんですけど、ただ夜勤の何が大変だったかというと、食事が基本大変でした」「コロナが発生してから、いっぺんに集まらないように対応していた」

 感染者への介護は感染のリスクが高まる上、通常よりも業務量が増えます。職員の数が圧倒的に不足し、介護崩壊が起こっていました。

 支援に入った大友 宣 医師:「そこで働いている介護士はほとんど家に帰れなくて、車の中で泊まっていたりとか、お風呂に入れなかったりとか、毎日夜勤する状態。大変な状況。入所者の生活を守っていた」
 
 職員:「辞めたかったし、辞めていった人もいますよ」「医療スタッフだけが取りざたされていますけど、介護スタッフも医療スタッフと同じように大変だということを多くの方に理解していただきたいと思います」

 現場に十分な介護の支援を投入することはできなかったのでしょうか?