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【コロナといのちの選別 感染で隔絶された人々】遺体見ることもできなかった遺族… 直面した"介護崩壊"

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 新型コロナウイルスの第2波に見舞われた北海道で、最大のクラスター(集団感染)となった札幌の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」。90人以上が感染し、入所者11人が施設内で死亡しました。施設内で何があったのかを3回にわたり描きます。

 2回目は遺体を見ることもできなかった遺族の証言と、施設内で起きた"介護崩壊"に迫りました。


 記者:「亡くなった日の記載はあるんですか?」

 遺族:「亡くなった日の記載は一番最後ですね。5月15日、ラウンド(見回り)の時にぜいめい音聞かれず、脈も取れず看護師に報告。看護師に診てもらって心肺停止。医者が診たんじゃない。看護師さんが見て確認したってこと書いてあるんだよね」

 父親を亡くした遺族:「死ぬまでの経緯は知る権利はある。親父が生きてきた証だから。最低限、コロナにかかっちゃってから亡くなるまでのことは、どういう治療を受けてきたのか、どういうケアを受けてきたのか知りたい」

 リハビリに励んでいた父親が感染したという連絡を受けたのは、5月3日。当初は深刻な状況にはないと感じていました。

 父親を亡くした遺族:「軽症で元気、食事もできていると聞いていたから。陽性になったけど、よくなっていつか会えるんだなと思ったくらいでした。それが、あっという間だったな、13日以降すぐだった」

 感染の知らせを受けてから10日後の5月13日、再び連絡がありました。容体が急変したというのです。

 遺族:「13日にもうゼエゼエしていると言われて、14日にアビガン飲ませられなかったっていって、15日午前中には『亡くなりました』と。『えっ』て、『軽症だったんじゃないのと…』」

 感染判明から12日後の5月15日、父親は亡くなりました。会うことも話すこともできずに最期の時を迎えたのです。死を受け止められません。

 父親を亡くした遺族:「遺体を見ていないのでピンとこない。本当に亡くなったのか。たとえ助からなくても、医療を受けれたかどうかは全然違うと思うんですよね」