きみと、ずっと。UHB|北海道文化放送

春高バレー北海道大会後記

2020/12/04

福本 義久

 
山田さんからリレーブログまわってきました。方言って面白いですよね。
北海道弁、若い人はあまり使わなくなったとのことですが北海道弁LINEスタンプもあるので、喋りではなくスマホなどでポップに使われ、一周まわって若者言葉になっていくなんてことは…どうでしょう?
今度、いっとこ!ガールに北海道弁についてどれだけ知っているか調査してみます!

さて今回のブログは「若さでアタック!」
春高バレーについてです。

11月12日〜14日の3日間行われた春高バレー北海道大会が終わりました。
今年はインターハイが中止になり、全国大会を唯一目指せる大会となった春高。
高校生、特に3年生にとっては例年以上に特別な大会になりました。


入社以来春高に携わり、今年も女子の実況を担当しました。
 
代表切符2枚をかけて、代表決定戦は
 
札幌山の手vs札幌大谷
帯広南商業vs旭川実業
 
それぞれ2年連続同じ顔合わせです。
 

結果....
 
優勝   札幌山の手
準優勝  帯広南商業
3位   札幌大谷、旭川実業
 
札幌山の手と帯広南商業が代表切符を掴みました。

 
毎回、取材に協力いただく選手、先生方、学校関係者の皆さん、保護者の皆さんに感謝しつつ、放送の中で紹介できるのはごく一部。
 
ですので毎年恒例!取材したことをもとに春高バレー取材後記を今年も書きます!
 

まずは優勝 札幌山の手
おめでとうございます!見事3連覇!
自分が高校女子バレーに携わってから3年間、ずっと優勝しています。
今の3年生が1年生の時のインターハイから女子の取材を始めたのですが、当時の背番号「16」「17」「18」の活躍に驚いたのを覚えています。1年生の頃の廣瀬選手、中村選手、田中選手がその番号をつけてすでにコートに立っていました。
あれから2年、それぞれが個性を伸ばして、北海道で無敵の輝きを誇るサイドアタッカー陣に成長。優勝に導きました。
廣瀬選手は1年生の頃からVリーグへの思いを口にしていました。
「高校卒業後すぐに行きたいです」
あまり口数が多い印象ではなかった彼女が1年生の頃からキッパリ言っていたのを覚えています。ただ、卒業後は大学に進学することが決定。
「大学に行って、鍛え直す。この経験を必ずVリーグにつなげてみせる。」3年生になった彼女は1年生のときより、さらにはっきりした口調でそう話してくれました。
中村選手は中学2年生のときから北海道選抜に選ばれ、桜蘭中3年生の時に全道制覇、そして春高3連覇。やはり勝ち続けるには理由があります。渡邉監督は「朗らかでひたむき、朝早く出てきて1人で走ったり。そういうことができる。チームが苦しいときに一番力を発揮してくれるのは中村」と話していました。
田中選手、1年生の頃、気合いを入れて髪を短くしたら、短すぎて怒られた事件が懐かしいですね(笑)当時からムードメーカー。自らカメラの前で一発ギャグを披露するなど愛されキャラでした。ただコートに入ると一番厳しい選手というのはチームメイトの話。明るさと厳しさを兼ね備えた山の手のスピードスターはどこに行っても個性を発揮し、チームをいい方向に導くはずです。
本郷選手や鳥本選手の2人は2年生から、キャプテンの野口選手は3年生からのレギュラー、そこに中学時代北海道選抜のエースだった天野選手が入った山の手はやっぱり強かった。実況の中では「山の手、完成の年」と表現しましたが、その完成にレギュラー陣以外の3年生も欠かせません。サブにいる繁松選手と種谷選手です。試合に出るときはリリーフサーブかレシーバーとして。ですが練習の取材をしていると、この2人が山の手を完成形にするためにどれだけ大切かということがよくわかります。渡邉監督も「あの2人に感謝してるんだ。どっかで試合に出したいだよな。」と常々おっしゃっていました。実際に彼女たちが出たときにはチームメイトが少しでも長くコートにいられるようにボールを繋ぎ、雰囲気が一気に明るくなっていたのが印象的でした。
札幌山の手は今年春高北海道大会、3連覇を達成しました。選手に春高全国大会での目標を聞くと全員の口から「全国制覇です。」という言葉が返ってきます。メンバーが揃い、厳しい練習や苦しかった新型コロナウイルスによる自粛期間を乗り越え、「今、全力」を積み重ねた先に最高のフィナーレが待っていますように。全国大会、応援しています。
 

続いて準優勝、帯広南商業
10年ぶりに春高全国大会に進出しました。本当におめでとうございます。
今の3年生は中学時代に北海道選抜に選ばれた選手が多く、「選手が揃った代」と言われる反面、「不運な代」と言われることもあったそうです。
それはなぜか....今年の南商を語るとき、避けては通れないのが「怪我」です。
3年生のスパイカー、松本選手、脇坂選手、佐々木選手、久保選手は高校在学中に左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負いました。そしてレギュラーとして最後の春高に出られたのは松本選手、脇坂選手の2人。そしてこの2人が怪我をして出られないメンバーの分も、代表決定戦の舞台で面目躍如の大活躍を見せます。リベロの3年生大西選手が言っていました、「私たちは不運な代だと言われることがあるんです。でも不運な代で終わらせるつもりない。全国に行って、自分たちがやってきたことが正しいと証明したい。」と。3年間の締めくくりは春高全国切符。それも10年ぶり。冨田監督は「9年間出られなかったOGのことを今でも思い出す。練習中や試合中に顔が浮かぶことがある。自分が身体を壊してスカウティングができず、部員が6人だった時代もあった。春高に出られなかったOGや保護者の皆さんのためにも、結果を残す、勝つ。」帯広南商業の体育教官室で聞いたこの言葉はメモする必要はなく、心にぐっと入ってきて今でも頭から離れない言葉です。そしてその冨田監督の言葉を日々聞いている選手たちは先生の影響もあってか、取材をしていると言葉の「芯の強さ」に取材者としてハッとする瞬間があります。セッターで3年生の花本選手は2年生からレギュラーで、去年から取材していますが、去年に比べて司令塔としてチームを語るときの言葉が1年間で大きく変わっているのが取材メモを見比べるとよくわかったし、キャプテン松本選手や脇坂選手は1年生から取材をしていますが、怪我を乗り越え、リハビリに励み、厳しい練習を経た分、言葉の強さがまるで違いました。
「揃った代」の南商は10年ぶりにオレンジコートを踏みます。多くのOGの皆さんがこの瞬間を待ち侘びていたはずですし、地域の皆さんも楽しみにしています。
「記憶より記録、つまり結果を出す、すなわち勝つ」と決意を新たにした帯広南商業の全国大会での活躍を祈っています。
 

3位 札幌大谷
レギュラー7人中6人が1.2年生という若いチーム。その中にあって3年生唯一のレギュラー小林選手はキャプテンとして奮闘していました。特進クラスにいる関係で部活に来られない時間もある、また国立大学志望のため、受験勉強にも励む理系女子。相当大変だったと思います。ただ、文武両道を選んだことで得たことも多かったはず。大学受験、応援しています。
小林選手が来られないときに支えたのが副キャプテンの池田選手。多くの選手が大谷中から進学しますが、彼女は札幌大谷に憧れて江別中央中から進学しました。3年生になって、リリーフサーバーのポジションを掴むと代表決定戦では女王山の手を苦しめるサーブで連続ポイントを奪い、タイムアウトを取らせました。「身長は低くても最後まで諦めない。レギュラーを掴むためにアピールする。」大会直前でチームの陣容が決まってきている中、レギュラーへの道を決して諦めなかった池田選手の姿は下級生に大きな影響を与えたはずです。
もう1人の3年生西村選手は新型コロナウイルスでの部活自粛期間と進路の関係で約半年間、部活に参加できませんでした。正直、復帰せず引退することも考えたそうです。しかし、同学年、後輩、そして緒方監督から「いつでも戻って来て」との言葉。今大会、リリーフサーバーで出る場面があり、コートからもベンチに戻ってくるときの表情、また西村選手を迎えるチームメイト、緒方監督の表情を見て、強い信頼関係で結ばれていることをとても感じました。
札幌大谷は今回、若いチームでの挑戦でした。多くの選手が大谷中から進学するため他の高校よりチームメイトである時間が長いのが特徴です。さらに今の高校2年生は大谷中時代に全国ベスト8、今の高校1年生は全国ベスト16、そして今の中学3年生や最強世代と呼ばれる現在の中学2年生もいずれ大谷高校の門を叩きます。
札幌大谷時代復活なるか、経験を積んだ下級生の手にかかっています。
 

3位 旭川実業
旭川実業の体育館に伺ったとき、雰囲気が違うなと感じました。岡本監督も「ちょっと、去年と違うでしょ?」という言葉。レギュラーメンバーは7人中6人が下級生。ただ、とても大人びた、落ち着いた感じ。取材を進めると、2.3年生いわく「1年生が驚く程、落ち着いている。入学した頃から。」とのこと。
今年の1年生レギュラーはセッターの今野選手、オポジットの岡田選手、アウトサイドヒッター佐々木選手。特に名門・旭川実業で1年生から司令塔としてチームを動かす今野選手の取材での落ち着きようには驚かされました。まさに新世代、新たな血が北の名門を動かす存在になっていました。ただ、このチームの中心はなんと言ってもキャプテン、背番号1番遠藤選手です。彼女も1年生からレギュラー、当時岡本監督は遠藤選手について「喧嘩できるタイプの選手」と話していました。コートでは闘志をむき出しにし、取材の際にはとにかく人懐っこい笑顔で話してくれる遠藤選手。2年生になって副キャプテンに抜擢されますが、上級生に対してもコートで臆することなく厳しい言葉をかける姿に、かつて自分は高校野球をやっているときにこんなことはできただろうかと回顧し、「いや、絶対に無理」と自問に即答したことがありました。中々できることではありません。3年生になり、キャプテンに就任した遠藤選手は・・・想像していた姿とは全く違いました。誤解を恐れずに言うと、凄く大人なキャプテンになっていました。練習で岡本監督が一つ促せば、それを遠藤キャプテンがチームに徹底させ、落ち着き放った下級生たちが遂行する。「成熟した大人な集団」=今年の旭川実業 という等式を取材メモに残したのをよく覚えています。
岡本監督は自分のキャリアの中で遠藤選手を「1番のキャプテン」と評します。代表決定戦では惜しくもフルセットの末、敗退。ただ、名門の背番号1はとてつもないインパクトを残していました。苦しいときに集まってくるトス、全ローテでサーブレシーブの中心になる姿、後衛から後輩の背中を押す3年生としての存在感。先日サフィルヴァvsヴォレアスの会場で遭遇した旭実のOG赤松選手、加藤選手、正木選手が「ひな、凄かったですね。」と話していたことをこのブログを通してお伝えします。自分としても3年間取材させてもらった感謝があります。本当にありがとう!そして、旭川実業の3年生は3年間の寮生活、お疲れ様でした。次、オレンジコートを踏むときには「30回目の春」ということになります。名門の次の春高を楽しみにしています。
 

 
今年の春高は無観客でした。
 
がらんとした客席を見ていると、足を運びたかったはずの保護者の皆さんやOB、OG、バレーボールを愛するすべての人々の無念を感じました。
 
例年以上にこの大会を伝えることの使命感があり、twitter企画など製作スタッフと協力し、皆で知恵をしぼってやってきたつもりです。
 
一方、終わってみると「こんな伝え方があったな」とか「こういう企画があってもよかった」など自分の中で反省が溢れてきます。
 
それはまた来年の春高北海道大会の伝え方に活かし、北海道バレー界が盛り上がっていくためにできることをみんなで考えていきます。
 
最後になりましたが取材に協力してくださった皆様、ありがとうございました!
来年はアリーナに多くの方が来られるような状況になっていますように。
 
 
 

続いてのブログは席が隣、一緒に自転車に行った、最近報道研修中であまり話せていない、後輩・江上アナです。
書面ですが、一旦呼び掛けておきます。
 
「だいごろーーーーーーーーーーー」

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