大村コラム

2012年02月22日(水)
久しぶりの出来事

リポーター時代、悪夢とも言える恐ろしい夢をよく見ていました。
こちらへ来て「思わず夜中に飛び起きるような夢を見なくなった」とスタッフに話をすると「悲惨な事件の現場に行かなくなったからかもしれませんね」と言われ。。。。
「なるほど~~」
生活と夢は何かしらのつながりがあるといわれているので確かにそうかもしれません。
そんなぐっすり眠れる北の都で…久しぶりに繰り返し同じ夢を見まして、それは山口県光市の母子殺害事件の被告が死刑判決を受けた夜でした。
本当に久しぶりに眠れない夜でした。

この事件は裁判が少年犯罪だったため最初は家庭裁判所の取り扱いになりますが凶悪事件ということで逆送致され一般裁判になり山口地裁(無期懲役)・広島高裁(無期懲役)・最高裁(審理高裁差し)広島高裁(死刑判決)・最高裁(死刑判決)と長い歳月をかけて当時18歳だった元少年の死刑が確定になりました。
(写真は2008年に広島高裁が被告の目の前で死刑判決を言い渡した直後のあわただしいテレビ各局の放送テント前)
長い裁判でした。

事件が起きたのは99年4月、リポーター生活7年目だった僕は新番組「とくダネ!」が始まり「事件は大村で!」と取材に行き、被害者の女の子が娘と数日違いの誕生日だったことなど私情も背中を押して「この事件を取材者として見届ける責任がある」と胸に秘めていたのでした。

裁判の場所が変わるということと取材する記者も異動があるので13年間見届けるのは難しいので僕はこの裁判を傍聴し続けた数少ない取材者の一人。
テレビや新聞で被告の10代の頃の顔写真がいっせいに解禁になり驚いた人も多いと思いますが法廷での被告はもっと肉付きがよくぼってりとした感じで、挙動はころころ変わり狡猾にも見え幼くも見えるという奇妙な二面性を持った人物で、生きて罪を償いたいと号泣していた姿が忘れられません。
そんな被告が死を持って罪を償うと司法が判断したことは被害者のご主人が繰り返して言う「日本に死刑制度があるならば彼の犯した罪は極刑に値する」という「遺族の峻烈な処罰感情」に準ずるものでもありますが、判決後のご主人は最高裁に被告が出廷していないことからか4年前の広島高裁の判決直後のほうが様々な思いが垣間見えた感じでした。
僕は現在札幌在住になったのでテレビで速報を見ていましたが少年犯罪の基準が大きく変わった2月20日でした。
そして何度も法廷で見た被告人がいつになるか分かりませんが刑が執行されるというのを思うと、被害者・ご遺族・被告への言葉には出来ない憐憫や苦悩やその他の感情がわきあがってきてなかなか眠りにつけなくなってしまいました。

そのせいか眠りが浅く。。。久しぶりに夢の中にいろいろな人が現れ、うなされました。
時計を見ると10分おきに目が覚めて同じことの繰り返しで空が白くなってきました。

久しぶりのこの感覚…個人としては悪いものではないな、と思っています。
テレビで働く以上パーソナリティーにも公益性の感覚をなくしてはいけません。
スタジオにいると社会の温度との乖離が生まれバランス感覚が変わってきてしまいます。
こちらではリポーター時代の経験を放送で反映することはほとんどなくなりましたが、自分の心の中に刻み込まれた稀有な経験を時々掘り起こしていくつになっても真摯な人間でありたいものだといまさらですが感じた最高裁判決の後でした。

今回は自論を展開しました。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

プロフィール

大村 正樹
(おおむら まさき)

大村正樹が札幌生活を綴ります。

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